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東京高等裁判所 平成7年(ネ)533号 判決 1995年6月14日

控訴人

武蔵正道

右訴訟代理人弁護士

多賀健三郎

被控訴人

メゾン調布マンション管理組合

右代表者理事長

川田智恵子

右訴訟代理人弁護士

笠井治

佐藤博史

小野正典

阿部裕行

上本忠雄

主文

一  原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

被控訴人は集合住宅の区分所有者全員で構成される管理組合であり、控訴人は右集合住宅の1階部分25.32平方メートルのほか、部屋番号一〇一(59.97平方メートル)及び同一〇二(60.22平方メートル)を所有している者である(甲一、弁論の全趣旨)。本件は、被控訴人が控訴人に対し、①未払の管理費及び修繕積立金合計一九万四八八〇円並びに外装補修工事負担金一二八万円、②本件の訴訟費用及び弁護士費用等一切の諸経費七〇万円、総計二一七万四八八〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、控訴人の右①の債務は弁済供託により消滅したとし、右②のうち訴訟費用については訴訟費用額確定決定によるべきものであるとしていずれも請求を棄却し、右②のうち弁護士費用相当額三七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成六年七月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容した。これに対し、控訴人だけが不服申立てをしたので、当審における審判の対象は、右認容部分だけである。

一  争いのない事実

被控訴人は、控訴人が前記①の金員(以下「管理費等」という。)を支払わないので、平成六年四月一一日の臨時総会において、①控訴人に対し、延滞額の全額を請求する訴訟を提起すること、②右訴訟に際しては、弁護士費用等一切の経費を控訴人の負担とすることを、組合員総数及び議決権総数の各四分の三以上の賛成をもって決議した(以下、右②の決議を「本件決議」という。)。

二  争点に関する当事者の主張

1  被控訴人

被控訴人は、民法四一六条にいう「債務ノ不履行ニ因リテ通常生スヘキ損害ノ賠償」として弁護士費用相当額の賠償を求めたものではなく、弁護士費用の支払が債務不履行と因果関係にあることを前提として本件決議をし、本件決議に基づいて、弁護士費用相当額の支払を請求したのである。本件決議は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)一八条一項本文にいう「共用部分の管理に関する事項」に当たるものとして有効であるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件決議に基づいて右の請求をすることができるというべきである。被控訴人は、控訴人が再三にわたって管理費等の支払の催告を受けながら何らの正当な理由もなく支払を拒絶したので、本件訴訟提起のやむなきに至ったのであるから、それに要する弁護士費用を他の誠実に管理費等を支払っている区分所有者の負担とすることこそ「公平、公正、衡平の理念に反する」というべきである。

2  控訴人

判例は、債権者は、債務者に対し、金銭債務の不履行に基づく損害賠償として、弁護士費用その他の取立費用を請求することができない旨判示している。本件は、単なる控訴人の金銭債務の不履行の場合に該当するので、弁護士費用相当額を控訴人に対して請求することはできない。

なお、区分所有法一八条一項本文は、「共用部分の管理に関する事項は、……集会の決議で決する。」と規定しているが、弁護士費用が管理費の徴収に要する費用と解することは不当である。仮に、徴収に要する費用が「共有部分の管理に関する事項」に当たるとしても、その費用は全組合員全員の利益になるにもかかわらず、共有者のうち控訴人だけが全額負担しなければならない理由はなく、共有者全員が公平に負担すべきものである。したがって、これに反する本件決議は公平、公正、衡平の理念に反し無効というべきである。

第三  争点についての判断

債権者は債務者に対し、金銭債務の不履行に基づく損害賠償として、弁護士費用その他の取立費用を請求することができないと解されている(最高裁昭和四八年一〇月一一日第一小法廷判決・裁判集民事一一〇号二三一頁参照)ところ、本件訴訟は、金銭債務の不履行の場合に該当するので、被控訴人は、控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償として弁護士費用相当額を控訴人に対して請求することはできない。ところで、被控訴人は、債務不履行に基づく損害賠償請求としてではなく、弁護士費用の支払が債務不履行と因果関係にあることを前提とした上で、その負担に関する事項が区分所有法一八条一項本文にいう「共用部分の管理に関する事項」に当たるものとして本件決議をし、これを根拠として、控訴人に対し、弁護士費用相当額の支払を求めるものである。したがって、本件においては、本件決議の効力如何が問題となる。

区分所有法一八条一項本文は、共用部分の管理に関する事項は、同法一七条の場合を除いて、集会の決議で決するものと規定しているところ、管理費等の支払に関する事項が共用部分の管理に関する事項に当たることは明らかであるから、管理費等の取立訴訟を提起するために必要な弁護士費用の負担に関する事項もまた、共用部分の管理に関する事項に当たるものということができる。ところで、共用部分の管理に関する事項に当たる場合にも、集会で決議することのできる内容には自ずから一定の制限があると解される。すなわち、例えば、特定の組合員に対して、その意に反して一方的に義務なき負担を課し、あるいは、他の組合員に比して不公正な負担を課するような決議は、集会が決議できる範囲を超えたものとして無効というべきである。

これを本件についてみると、控訴人は、被控訴人に対し、債務不履行に基づき弁護士費用相当額の損害賠償の支払義務を負うものでないことは前記のとおりであるし、また、現行法のもとでは、控訴人は訴訟の相手方の負担した弁護士費用そのものの支払義務を負うものではないので、本件決議は、右に説示したところによれば、控訴人に対し、その意に反して一方的に義務なき負担を課し、あるいは、他の組合員に比して不公正な負担を課するものであり、無効というべきである。被控訴人は、控訴人が再三の請求にもかかわらず理由なしに支払を拒んだため、本件訴えの提起をせざるを得なくなったものとして、本件決議の有効性を主張するところ、仮にその主張のような事実があったとしても、控訴人のそのような行為を被控訴人に対する不法行為とし、民法四一九条の規定による損害賠償とは別に、弁護士費用の賠償を求めることがあり得ることは別として、本件のように区分所有者の集会の決議により、弁護士費用の負担を課すことは、相手方(控訴人)の承諾若しくはこれに準ずべき特段の事情の存在しない限り、許されないというべきである。そして、本件においては右のような特段の事情が存在することについて何らの主張立証もない。

そうすると、本件決議に基づき弁護士費用相当額の支払を求める被控訴人の請求は理由がなく棄却すべきである。

よって、右と異なる原判決中控訴人の敗訴部分は相当でないからこれを取り消した上、右部分につき被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 西口元)

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